ゆりやんレトリィバァの家族構成は4人!父は工房経営、母・姉との関係や実家も紹介

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お笑い芸人として数々の賞を獲得し、俳優や映画監督、アーティストとしても活動の幅を広げているゆりやんレトリィバァさん。独特な芸風や英語を生かしたパフォーマンスだけでなく、夢に向かって大胆に行動する姿も注目されています。

ゆりやんレトリィバァさんは、奈良県吉野町で父・母・姉・本人の4人家族として育ちました。父親は長年勤めた鉄道会社を退職し、地元でエッチング工房を始めた人物です。

父親の仕事や家族の習慣「今日でき」、母親・姉との関係、奈良県吉野町の実家で育った環境が公表されています。結婚や子供の公表状況、ロサンゼルス移住後の家族との交流も確認しました。

目次

ゆりやんレトリィバァの家族構成は父・母・姉との4人家族

ゆりやんレトリィバァさんが実家で暮らしていた当時の家族は父親・母親・姉・本人の4人で、現在確認できる主な家族情報は次のとおりです。

家族構成父・母・姉・本人の4人家族
父親元鉄道会社勤務・工房を開業
母親家族写真や番組で紹介
兄弟姉妹姉が1人
結婚2026年7月時点で公式発表なし
子供公表情報なし

1996年ごろに撮影された家族写真も報道されており、両親と姉、幼いゆりやんレトリィバァさんの姿が紹介されています。

父・母・姉・本人の4人で育った

ゆりやんレトリィバァさんの実家の家族構成は、父親の昌行さん、母親の晃子さん、長女の有希さん、次女の有里さんの4人です。「有里」は、ゆりやんレトリィバァさんの本名です。

まいどなニュースの父親への取材では、1996年ごろに撮影された吉田家の家族写真が掲載されました。父親は穏やかな人物として紹介され、家族で日々の会話を大切にしていたことも語っています。

テレビで見せる大胆な姿とは異なり、ゆりやんレトリィバァさんは家族の前では人見知りで、もともと口数も多くなかったそうです。家族との会話を重ねるなかで、自分の経験を言葉にして伝えるようになりました。

ゆりやんレトリィバァのプロフィール

吉本興業の公式プロフィールで公表されている主な情報は次のとおりです。

項目内容補足
芸名ゆりやんレトリィバァ吉本興業所属
本名吉田有里家族取材などで紹介
生年月日1990年11月1日2026年7月時点で35歳
出身地奈良県吉野郡吉野町で育つ
身長159cm公式プロフィール掲載値
血液型B型公式プロフィール掲載
学歴関西大学文学部卒業映像文化専修
経歴NSC大阪校35期首席で卒業
家族構成父・母・姉・本人実家で暮らしていた家族

映画鑑賞や書道、ダンス、水泳、ピアノなどを趣味とし、英語とダンスを特技としています。大学卒業後に芸人になったのではなく、大学在学中からNSCへ通い、卒業に必要な単位も早めに取得していました。

結婚相手や子供は公表されている?

2026年7月時点で、本人や所属先による結婚・出産の発表や、結婚相手・子供の存在を伝える主要報道は確認できません

恋愛に関する発言やネタが話題になることはありますが、結婚していることを示す公表情報とは別のものです。実家の家族構成として確認できるのは、父親・母親・姉と本人の4人です。

父親は元鉄道会社勤務でエッチング工房を経営

父親の昌行さんは、長く会社員として働いた後、奈良県吉野町でものづくりの仕事を始めました。娘の進路に最初は反対しながらも、自らも好きな仕事へ転身した経験から、最後は芸人への挑戦を認めています。

  • 高校卒業後に大手鉄道会社へ就職
  • 30年以上勤務した会社を2005年に退職
  • 奈良県吉野町でエッチング工房を開業
  • 高校・大学時代の7年間、娘を駅まで送迎
  • 家族で「今日でき」という習慣を続けていた

30年以上勤めた鉄道会社を辞めて工房を開業

父親の昌行さんは高校卒業後、大手鉄道会社へ就職しました。その後、ゆりやんレトリィバァさんが中学3年生だった2005年に、30年以上勤めた会社を退職して工房を開業しています。

子供のころから好きだったものづくりを仕事にするため、奈良県吉野町で「エッチング幸房ソレイユ」を始めました。工房では、ガラスや木製品などに文字や模様を施した表札、記念品、贈答品などを制作しています。

工房名の「幸房」には、幸せが宿る作品を作る場所にしたいという思いが込められています。「ソレイユ」はフランス語で太陽を意味します。

安定した会社員生活から自営業へ移る決断は、父親にとっても大きな挑戦でした。娘から芸人を目指したいと告げられた際、自分も周囲の反対を押し切って好きな仕事を始めたため、最後はその覚悟を受け入れたと語っています。

高校と大学の7年間は駅まで送り迎え

吉田家の自宅がある地域は、最寄り駅まで約12km離れており、車で約20分かかる場所でした。

父親は自営業になって時間を調整しやすくなったことから、ゆりやんレトリィバァさんが高校と大学へ通った計7年間、自宅と駅の間を車で送り迎えしていました。

車内では、芸人になりたい娘と、一般企業へ就職してほしい父親が何度も将来について話し合いました。父親が娘の本気を感じたのは、大学3年生までに必要な単位を取得し、アルバイトでNSCの入学金を貯めていたと知ったときです。

大学在学中からNSCへ通うことを認められたゆりやんレトリィバァさんは、その後NSCを首席で卒業しました。毎日の送迎時間は、父と娘が将来について向き合う時間にもなっていました。

父親発案の「今日でき」が話芸の原点に

吉田家には、家族がその日に起きた出来事を話す「今日でき」という習慣がありました。「今日の出来事」を短くした、父親発案の呼び名です。

父親が会社員だったころは帰宅が午後9時ごろになることもありましたが、食事中の父親の周りに娘たちが集まり、学校や日常で起きた出来事を話していました。

もともと人見知りで口数が少なかったゆりやんレトリィバァさんも、父親から質問されるうちに、少しずつ自分の経験を話すようになったといいます。中学時代に人間関係で悩んだ際も、「今日でき」で家族に出来事を伝えたことが支えになりました。

「今日でき」の習慣や、家族へ悩みを話していた当時のエピソードは、テレビ朝日公式サイトでも紹介されています。

ハーパーズ バザー日本版の公式YouTubeでは、ゆりやんレトリィバァさん本人が、家族や故郷、お笑い芸人としての原点について語っています。

日常の小さな出来事を観察し、言葉で相手に伝える習慣は、現在の即興的な話術や独特な視点にも通じるエピソードです。

母親と姉はどんな人?

母親と姉は芸能活動をしている人物ではありませんが、家族写真や本人の投稿、テレビ番組などを通じて親子・姉妹の関係が紹介されています。

母親は晃子さん!両親は仲の良い夫婦

ゆりやんレトリィバァさんの母親は晃子さんです。父親への取材では家族写真とともに紹介され、両親は穏やかな雰囲気の夫婦として伝えられています。

母親の詳しい職業や経歴は公表されていません。一方で、両親そろって本人へビデオメッセージを送ったことがあります。

表舞台へ頻繁に登場する母親ではありませんが、父親とともに娘の芸能活動や海外挑戦を支えてきたことが、本人の発言から伝わっています。

姉が1人!幼少期の姉妹写真も公開

ゆりやんレトリィバァさんには姉が1人おり、本人は2人姉妹の妹です。家族取材では、姉は有希さん、本人は有里さんとして紹介されています。

2021年には、自身のInstagramで姉との幼少期写真を公開し、「おねえちゃんだいすき」とコメントしました。ORICON NEWSでは、セーラームーンの髪飾りを着けて笑顔を見せる姉妹写真が紹介されています。

姉の現在の職業や生活について、本人や所属先から詳しい情報は公表されていません。確認できるのは、本人が公開した幼少期の写真や姉への親愛が伝わる投稿です。

ロサンゼルス移住後も両親と毎日のように電話

ゆりやんレトリィバァさんは、2024年12月にアメリカ・ロサンゼルスへ活動拠点を移しました。ハリウッドスターを目指し、映画の街であるロサンゼルスを選んだと語っています。

2026年2月の『徹子の部屋』では、移住について両親へ伝えた際も反対されなかったと明かしました。現在も両親とは毎日のように電話をしているそうです。

日刊スポーツによると、電話ではその日にあった出来事を伝え、両親から近況を尋ねられることもあると話しています。

子供のころに家族で続けていた「今日でき」と同じく、離れて暮らす現在も、その日に起きた出来事を伝え合う関係が続いています。

実家は奈良県吉野町!自然豊かな環境で育った

ゆりやんレトリィバァさんの実家は、山や川に囲まれた奈良県吉野町にあります。少人数の同級生と過ごした地元での経験は、お笑いを志すきっかけにもなりました。

最寄り駅まで車で約20分の地域

ゆりやんレトリィバァさんが育った地域は、最寄り駅まで約12kmあり、車で約20分かかります。高校や大学へ通学する際には、父親の車で駅まで送ってもらっていました。

本人は吉野町について、山や川が美しい自然豊かな場所だと語っています。小学生のころの同級生は12人で、クラスメートと吉本新喜劇のまねをして笑い合った経験が、お笑い芸人を目指すきっかけの一つになりました。

故郷の子供たちの教育を応援

ゆりやんレトリィバァさんは、ふるさと納税をする際、寄付金の使い道として福祉や子供たちの教育を選んでいると明かしています。

Do well by doing good.jpのインタビューでは、少子高齢化や人口減少を身近に感じてきたため、将来を担う子供たちの教育を応援したいと語りました。

将来的に故郷で暮らすことも選択肢の一つとし、地元でお笑いイベントを主催して吉野町を盛り上げたいという目標も明かしています。

家族の挑戦する姿が現在の活動にも重なる

父親は30年以上続けた会社員生活を離れ、自分が好きだったものづくりの仕事を始めました。ゆりやんレトリィバァさんも、日本での活動を続けながら、海外へ拠点を移す決断をしています。

初監督映画『禍禍女』は、2026年2月6日に全国公開されました。映画『禍禍女』公式サイトでは、監督としての活動や、2024年に活動拠点をアメリカへ移したことが紹介されています。

父親の転身とゆりやんレトリィバァさんの海外挑戦には、周囲に反対されても自分が選んだ道へ進むという共通点があります。家族が挑戦する姿を間近で見て育ったことも、現在の行動力を知るうえで印象的なエピソードです。

ゆりやんレトリィバァの家族構成に関するまとめ

ゆりやんレトリィバァさんの家族について、確認できた主なポイントをまとめます。

【ファミトピ!まとめ】

  • 父・母・姉・本人の4人家族
  • 父親は元鉄道会社勤務で工房を開業
  • 父親が高校・大学の計7年間送迎
  • 家族の習慣は「今日でき」
  • 母親の詳しい職業は非公表
  • 姉との幼少期写真を本人が公開
  • LA移住後も両親と頻繁に連絡
  • 結婚・子供の公式発表は確認できず

ゆりやんレトリィバァさんは、父・母・姉との4人家族で育ちました

家族で日々の出来事を話す習慣や、父親が自分の道へ挑戦する姿は、現在の話術や行動力にも通じる印象的な背景です。

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