解剖学者として長く活躍し、ベストセラー『バカの壁』でも知られる養老孟司さん。東京大学名誉教授として、脳や身体、自然、人間社会について独自の視点で語り続けてきた人物です。
そんな養老孟司さんについて、特に気になるのが家族構成です。公表されている情報から、妻・娘・息子がいることが確認できます。
妻・朝枝さんや娘・暁花さん、息子に加え、父・文雄さんや母・静江さん、年の離れた兄姉との関係も紹介します。
養老孟司の家族構成は?妻・娘・息子がいる
養老孟司さんには妻の朝枝さん、娘の暁花さん、息子がいます。生まれ育った家族には、父・文雄さん、母・静江さん、11歳上の姉、10歳上の兄がいました。
| 家族構成 | 妻・娘・息子がいる |
| 妻 | 養老朝枝さん |
| 娘 | 養老暁花さん・鍼灸師 |
| 息子 | 存在は本人発言で確認、詳しいプロフィールは非公表 |
| 両親 | 父・文雄さん、母・静江さん |
| 兄姉 | 11歳上の姉、10歳上の兄 |
現在の家族だけでなく、幼い頃に父を亡くし、医師だった母や年の離れた兄姉と育った家庭環境も、養老孟司さんの人生を知るうえで印象的です。
子供は娘と息子の2人
養老孟司さんには、娘と息子の2人の子供がいます。
娘については「養老暁花(ようろう・あきか)」さんという名前が公になっています。
息子についても存在は確認できます。養老孟司さんは幻冬舎plusの子育て対談で、自身の子供たちの進学について、娘は受験をせずアメリカの学校へ行き、息子は受験なしで入れる学校へ進んだと語っています。
そのため、養老孟司さんの子供は娘だけではなく、息子もいることが本人発言から確認できます。
一方、息子の名前や生年月日、現在の職業などは、主要な公開情報では確認できません。
息子の存在は養老孟司さん自身の発言で確認できますが、名前や現在の職業など詳しいプロフィールは公表されていません。
妻と娘は養老孟司の活動も支えている
養老孟司さんの家族は、プライベートだけでなく活動面でも関わりがあります。
2024年に鎌倉で開催された「蟲??? 養老先生とみんなの虫ラボ」が終了した際、養老孟司さんは蟲???展製作委員会の公開メッセージで、養老研究所所員として妻の朝枝さんと娘の暁花さんが尽力したことに感謝を記しています。
養老孟司さんといえば昆虫好きとしても有名ですが、妻と娘が活動を支えていることが伝わるエピソードです。
養老孟司の妻・奥さんは養老朝枝
養老孟司さんの妻は養老朝枝さんです。
朝枝さんは芸能活動をしている人物ではありませんが、茶道をはじめ日本の伝統文化に携わっています。
妻・朝枝は茶道に携わる人物
養老朝枝さんは茶道に携わっており、表千家教授として講演などを行ったこともあります。
鎌倉にある養老家の敷地内には茶室もあり、施工を担当したST-WOODの事例紹介では、茶人である朝枝さんが設計した茶室と記されています。
夫の養老孟司さんが昆虫や自然の世界を追究する一方、朝枝さんは茶道など伝統文化の世界に深く関わってきたことが分かります。
養老孟司と妻の夫婦喧嘩エピソード
養老孟司さんは、妻との関係について著書やインタビューで語ることがあります。
婦人公論.jpのインタビューでは、若い頃、妻が大切に育てていた茶花をバッタが食べてしまったことをきっかけに、夫婦喧嘩になったエピソードを明かしています。
昆虫好きの養老孟司さんに対し、妻にとっては大切に育てていた植物ですから、同じ出来事でも受け止め方はまったく違います。
養老孟司さんは夫婦や親子について、「わからないのが当たり前」という考えも語っています。長く一緒にいる家族であっても、すべてを理解できるわけではないという養老孟司さんらしい家族観がうかがえます。
妻・朝枝は養老研究所の活動にも参加
朝枝さんは夫の活動とまったく離れているわけでもありません。
2024年の「蟲??? 養老先生とみんなの虫ラボ」では、養老研究所のメンバーとして活動を支えたことを、養老孟司さん自身がメッセージで明かしています。
同じメッセージでは娘の暁花さんについても名前が挙げられており、妻と娘がそろってイベント運営に関わっていたことが確認できます。
養老孟司の娘・暁花は鍼灸師!息子についても紹介
養老孟司さんの娘は、鍼灸師の養老暁花さんです。
一方、息子については本人の発言から存在を確認できますが、名前や職業などの詳しいプロフィールは公表されていません。
娘は養老暁花!鍼灸師として活動
養老孟司さんの娘は、養老暁花さんです。
暁花さんが鍼灸師であることは、養老孟司さんの著書を紹介するエクスナレッジの公式ページでも紹介されています。
父親が西洋医学を学び、解剖学者になったのに対し、娘の暁花さんは鍼灸という分野に進みました。
アプローチは異なるものの、親子ともに人間の身体に関わる分野に携わっている点は興味深いところです。
娘・暁花は父の治療も支えた
暁花さんと父・養老孟司さんとの関係が改めて注目されたのが、2024年です。
養老孟司さんが治療を受けた際には、暁花さんが父親を支え、医師との橋渡しにも関わりました。
婦人公論.jpに掲載された暁花さんのインタビューでは、入院中の父親を見舞ったときの様子や家族としての思いが語られています。
仕事の面だけでなく、家族として父を支えていたことが伝わるエピソードです。
息子の名前や職業は公表されている?
養老孟司さんには息子もいます。
本人が子育てをテーマにした対談で「息子は受験なしで入れてくれる学校に入った」と語っているため、息子の存在自体は確認できます。
一方、息子の名前や生年月日、現在の職業などは、主要な公開情報では確認できません。
娘の暁花さんは鍼灸師として活動し、インタビューなどにも登場しているため、娘の情報のほうが広く知られています。
子育ての方針は「何もしない」?
養老孟司さんの子育て観も特徴的です。
子供たちの受験について聞かれた際、養老孟司さんは、自分は教育をした覚えがないという趣旨の発言をしています。
娘は受験をせずにアメリカの学校へ進み、息子も受験なしで入れる学校へ進んだと本人が語っています。
東京大学医学部を卒業した養老孟司さんだけに、子供にも難関校や高学歴を求めていた印象を持つ人もいるかもしれません。しかし本人の発言からは、子供の進路を細かく決める子育てではなかったことがうかがえます。
養老孟司の父親・母親や兄弟は?
養老孟司さんの父親は養老文雄さん、母親は小児科医の養老静江さんです。
さらに、孟司さんには11歳上の姉と10歳上の兄がいました。健康長寿ネットのプロフィールでも、母や兄姉を含む幼少期の家族構成が紹介されています。
父親・養老文雄は三菱商事勤務
養老孟司さんの父親は、養老文雄さんです。
養老孟司さん本人の回想を掲載した婦人公論.jpによると、文雄さんは三菱商事に勤務していました。
文雄さんは1936年、すでに2人の子供がいた10歳年上の小児科医・静江さんと結婚。翌1937年に孟司さんが誕生しました。
しかし、父・文雄さんは孟司さんが4歳のときに結核で亡くなっています。
養老孟司さんは後年、父が亡くなった日のことや、別れの際に「さようなら」と言えなかった記憶についても語っています。幼少期に経験した父との別れは、長く記憶に残っていたことがうかがえます。
母親・養老静江は小児科医
母親は養老静江さんです。
静江さんは1899年生まれの医師で、小児科医として働いていました。
夫を早くに亡くした後も医師として働きながら家族を支え、養老孟司さんを育てました。
養老孟司さんが医学の道へ進み、東京大学医学部に進学した人生を振り返るうえでも、医師だった母親は印象的な存在です。
養老孟司さん自身も母親についてたびたび語っており、晩年には母が入院を望まなかった際、兄や姉と相談したエピソードも明かしています。
兄と姉は年齢が10歳以上離れている
養老孟司さんには、11歳上の姉と10歳上の兄がいました。
健康長寿ネットでは、診療で忙しい母親に代わり、姉が幼い孟司さんの面倒を見ていたことも紹介されています。
さらに養老孟司さん本人の回想によると、母・静江さんには父・文雄さんと結婚する以前から2人の子供がいました。
そのため、この兄と姉は養老孟司さんとは父親が異なるきょうだいです。
忙しい母親、幼い頃に亡くなった父親、年の離れた兄姉という家庭環境の中で、養老孟司さんは育ちました。
養老孟司さんの幼少期は、11歳上の姉と10歳上の兄に囲まれ、診療で忙しい母に代わって姉が世話をしていたことが公的なプロフィールでも紹介されています。
養老孟司の家族に関するまとめ
養老孟司さんの現在の家族と、生まれ育った家庭について確認できる主なポイントは次のとおりです。
【ファミトピ!まとめ】
- 妻は養老朝枝さん
- 娘・養老暁花さんは鍼灸師
- 息子の存在も本人発言で確認
- 息子の名前や現在の職業は非公表
- 父・養老文雄さんは三菱商事に勤務
- 母・養老静江さんは小児科医
- 11歳上の姉と10歳上の兄がいた
養老孟司さんには、妻・娘・息子がいることが本人発言や公開情報から確認できます。幼少期には医師だった母や年の離れた兄姉に囲まれて育ち、現在は妻や娘が活動を支える場面もあります。
家族とのさまざまな関わりから、著書や講演だけでは見えにくい養老孟司さんの一面もうかがえます。
