第102代・第103代内閣総理大臣を務めた石破茂さん。防衛大臣や農林水産大臣、自民党幹事長などを歴任し、2025年10月21日に首相を退任した後も、鳥取県第1区選出の衆議院議員として活動しています。
石破茂さんの公式プロフィール上の家族構成は、妻・佳子さんと娘2人の4人家族です。妻の佳子さんは慶應義塾大学法学部時代の同級生で、大学卒業後は丸紅に勤務していました。
石破さんが育った実家には、鳥取県知事や参議院議員を務めた父・石破二朗さん、教育熱心だった母、2人の姉がいました。妻との馴れ初めや娘との関係、政治家を目指す転機となった父の死など、家族との印象的なエピソードも伝えられています。
石破茂の家族構成は妻・娘2人との4人家族
自民党鳥取県連の公式プロフィールでは、石破茂さんについて「妻・佳子と女の子二人の四人家族」と記載されています。
現在公表されている主な家族情報は次のとおりです。
| 家族構成 | 妻・娘2人との4人家族 |
| 妻 | 石破佳子さん |
| 子供 | 娘が2人 |
| 娘の詳細 | 氏名・勤務先は非公表 |
| 実家の家族 | 父・母・姉2人との5人家族 |
娘2人は一般の立場で生活しており、石破さんが公の場で語った家族との会話や生活上のエピソードが主な公表情報です。
石破茂のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 石破茂(いしば・しげる) |
| 生年月日 | 1957年2月4日 |
| 年齢 | 69歳(2026年7月時点) |
| 出身地 | 鳥取県八頭郡八頭町 |
| 学歴 | 慶應義塾大学法学部法律学科卒業 |
| 前職 | 三井銀行行員 |
| 現在 | 鳥取県第1区選出の衆議院議員 |
| 当選回数 | 14回 |
| 主な経歴 | 第102代・第103代内閣総理大臣 |
| 家族構成 | 妻・娘2人との4人家族 |
衆議院の議員一覧では、石破さんが自由民主党所属の鳥取県第1区選出議員で、当選14回であることが確認できます。
首相としては2024年10月1日に第102代内閣総理大臣へ就任し、同年11月11日から第103代を務めました。首相官邸の歴代内閣ページには、2025年10月21日までの在職期間と通算386日の在職日数が掲載されています。
妻や娘から率直な意見を聞いている
石破家では、家族そろって政治の話をすることも多かったそうです。
2020年のインタビューを再掲載した『婦人公論.jp』の記事で、石破さんは、娘たちから「世の中の人はこう言っている」「私の周りではこう言っている」と意見を伝えられると明かしています。
テレビ出演後には、妻の佳子さんから話し方が一般の人には伝わりにくいと指摘されることもあったそうです。娘たちからも厳しい意見が寄せられ、石破さんは異なる年代や女性の声を聞ける貴重な機会として受け止めていました。
政治活動を一方的に支えるだけでなく、妻や娘が率直に意見を伝える関係であることがうかがえます。
石破茂の妻は石破佳子
石破茂さんの妻は、石破佳子さんです。2人は慶應義塾大学法学部の同級生で、1983年に結婚しました。
佳子さんは大学卒業後に大手総合商社の丸紅へ入社し、結婚後は選挙活動や地元での交流を通じて、石破さんの政治活動を長年支えてきました。
妻・佳子のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 石破佳子(いしば・よしこ) |
| 出身大学 | 慶應義塾大学法学部法律学科 |
| 元勤務先 | 丸紅 |
| 夫 | 石破茂 |
| 結婚年 | 1983年 |
| 子供 | 娘2人 |
| 主な活動 | 夫の政治活動を支援 |
慶應義塾の2026年新春対談では、佳子さんが1979年に法学部法律学科を卒業し、丸紅への入社を経て、1983年に大学の同級生だった石破さんと結婚したことが紹介されています。
大学の同級生として出会った
石破さんと佳子さんは、慶應義塾大学法学部で同じ授業を受ける中で知り合いました。
石破さんは、大学の図書館旧館の階段を下りてくる佳子さんを見た時のことを強く覚えていると語っています。一方の佳子さんは、当時の石破さんについて特に覚えていなかったそうです。
大学時代の佳子さんは周囲から注目を集める存在で、石破さんは佳子さんにひと目でひかれたと伝えられています。
最初の告白は断られていた
石破さんは大学卒業時に佳子さんへ結婚を前提とした交際を申し込みましたが、最初の告白は断られています。
その後、1981年に父・石破二朗さんが亡くなった際、佳子さんから電報が届きました。これをきっかけに2人は再び話をするようになったと報じられています。
関西テレビの記事によると、佳子さんは石破さんに対し、言ったことをきちんと貫くよう求めました。石破さんが有言実行を約束したことで交際へ進み、1983年の結婚につながったといいます。
一度は断られたものの、父の死を機に縁が再びつながったという印象的な馴れ初めです。
地元で高い支持を集めてきた
佳子さんは鳥取県内での選挙活動にも参加し、有権者から寄せられた意見を石破さんへ伝えてきました。
石破さん自身が「選挙区では私より人気がある」と語ったこともあり、地元の支援者とのつながりを支える存在として知られています。
2024年10月に石破さんが首相に就任すると、佳子さんも首相夫人として外交行事などに参加しました。首相退任後も夫妻で慶應義塾の対談へ登場するなど、公の場で夫を支える姿が見られます。
佳子さんは大学時代からのパートナーであり、地元の声を石破さんへ伝える役割も担ってきました。
石破茂の子供は娘2人
石破茂さんと佳子さんの間には、娘が2人います。自民党鳥取県連の公式プロフィールでも「女の子二人」と記載されています。
娘たちは政治家や芸能人ではなく、一般の立場で生活しています。石破さんがインタビューで語った年齢や家族との会話以外に、詳しいプロフィールは公表されていません。
娘2人はいずれも成人している
2020年5月に掲載されたインタビューで、石破さんは長女が32歳、次女が29歳で、どちらも会社勤めの社会人だと明かしていました。
正確な生年月日は公表されていません。2020年当時は、石破さんと娘2人が都内の住居で同居していたと語られています。
娘の名前や顔写真は公表されている?
石破さんの公式プロフィールには、娘2人の名前や顔写真、現在の勤務先は掲載されていません。
公の場で確認できるのは、娘が2人いること、2020年当時はいずれも会社員だったこと、家庭内で父親へ率直に意見を伝えていたことなどです。
娘2人の氏名、顔写真、詳しい勤務先について、本人の公式プロフィールや公的な発信で確認できる情報はありません。
料理や家事を家族で分担していた
2020年当時、洗濯や炊事は娘たちが分担し、石破さん自身も家事へ参加していました。
石破さんの趣味の一つは料理です。得意料理として知られるカレーのほか、和食・洋食・中華料理を作り、片付けまで自分で行うと話していました。
テレビで見せる真剣な表情とは異なり、家庭では娘たちと家事を分担し、料理を振る舞う父親としての一面もあったのですね。
父親の発言を厳しくチェック
娘2人は、父親の政治活動やテレビでの発言についても、遠慮なく意見を伝えていたそうです。
石破さんは娘たちの声を、若い世代や身近な人が政治家の発言をどう受け止めているのかを知る機会として捉えていました。
政治家としての肩書きに左右されず、家庭内では率直に話し合える親子関係が築かれていたことが伝わってきます。
石破茂の実家の家族構成は父・母・姉2人との5人家族
石破茂さんは、父・母・姉2人との5人家族で育ちました。
2人の姉の下に生まれた末っ子で、きょうだいの中では唯一の男性です。父は鳥取県知事や参議院議員を務め、母は教育熱心な人物として石破さんの学習を支えました。
父親は元鳥取県知事の石破二朗
石破茂さんの父親は、石破二朗さんです。
二朗さんは東京帝国大学法学部を卒業後、内務省や建設省で官僚として勤務し、建設事務次官を務めました。その後は鳥取県知事を4期務め、参議院議員へ転身しています。
鈴木善幸内閣では自治大臣兼国家公安委員会委員長に就任しました。地方行政と国政の両方を経験した政治家であり、石破家は茂さんが政界入りする前から鳥取県と深いつながりを持っていました。
父親は礼儀に厳しい人物だった
石破さんによると、父・二朗さんは家庭内でも礼儀に厳しい人物だったそうです。
県知事の子供であることを理由に特別扱いするのではなく、県職員や家で働く人に対して横柄な態度を取らないよう厳しく教えていました。
知事の息子として周囲から見られる立場だからこそ、人への接し方や振る舞いを強く求めていたのでしょう。
父の死が政治家を目指す転機になった
父・二朗さんは1981年に亡くなりました。当時、石破さんは三井銀行で働いていました。
『婦人公論.jp』のインタビューで、石破さんは、父と親交の深かった田中角栄元首相から「おまえが出ろ」と勧められ、政界入りした経緯を語っています。
その後、銀行を退職し、1986年の衆議院議員選挙へ鳥取全県区から出馬して初当選しました。父の死と田中角栄さんからの言葉が、銀行員から政治家へ進む大きな転機になりました。
母親は教育熱心な人物だった
石破さんは母親について、非常に教育熱心な人物だったと語っています。
PRESIDENT Onlineに掲載された本人の回想では、学校の成績が下がると母親から厳しく叱られ、知事の子供として勉強ができなければならないという重圧を感じていたと明かしています。
鳥取大学附属小学校・中学校から慶應義塾高校、慶應義塾大学へ進んだ石破さんの学習習慣には、母親の教育方針も大きく関わっていました。
兄弟は姉が2人
石破さんには、2人の姉がいます。
本人のインタビューでも、石破さんは姉2人がいる末っ子だと語っています。
姉2人の名前や現在の活動は、本人の公式プロフィールなどでは詳しく公表されていません。
鳥取県知事の息子として育った
石破さんは幼稚園から中学校まで鳥取県で育ちました。
父親が鳥取県知事だったため、幼少期には広い知事公邸で暮らしていました。しかし、恵まれた環境への実感よりも、知事の子供として見られることへのプレッシャーが強かったと振り返っています。
多忙な父は家にいる時間が少なく、子供の頃の石破さんには、父がどのような仕事をしているのかよく分からなかったそうです。
石破さんは政治家の家庭で育ちましたが、学生時代から父の後継者として政界入りを決めていたわけではありません。
石破茂の家族構成に関するまとめ
石破茂さんの現在の家族と、育った実家の家族について重要なポイントをまとめます。
【ファミトピ!まとめ】
- 現在は妻・娘2人との4人家族
- 妻・佳子さんは慶應義塾大学の同級生
- 夫妻は1983年に結婚
- 娘2人は成人している
- 娘の氏名・顔写真・勤務先は非公表
- 実家では父・母・姉2人との5人家族
- 父・石破二朗さんは鳥取県知事などを歴任
- 父の死が政界入りの転機
石破さんの政治家としての歩みの背景には、父や母から受けた教育と、妻や娘から寄せられる率直な意見がありました。家族は石破さんをただ支えるだけでなく、身近な生活感覚を伝える存在でもあります。
家族の声に耳を傾けてきた関係は、石破さんの人物像を形作る大切な一面といえるでしょう。
